茨木のり子の詩、自分の感受性くらい

最近、思うのです。

歳を重ねていくと、本当に性格が顔に表れるんだな・・・と。

笑顔で優しい雰囲気のご婦人、穏やかなで素敵です。

何となく浮かない顔の人、気軽に話しかけられない雰囲気です。気を遣ってしまいますよね。

いつも穏やかな雰囲気の人と、いつも不機嫌な人

どちらの人と一緒に過ごしたいですか?

もちろん、穏やかな人と答える人が大多数でしょう。

先日、奇跡の職場という記事を書きました。長い勤務時代の中で、やはり機嫌に左右される人がいました。その人は、機嫌がいいときはとても饒舌になります。しかし、機嫌が悪いとその人のオーラがまるで誰も近寄らないで!!!モードが醸し出されます。バリアでも張っているのかしら?と思われるくらい人を寄せ付けません。

もちろん、会社の室内はグレー色に感じられましたし、こちらまでとても苦しい気持ちになります。

その人が、何かの原因でそのような不機嫌をブンブンと撒き散らすのです。誰のせいでもないことなので、周りはたまったものではありません。

私は、国語の教科書で習ったこの詩が大好きです。

この詩を読んだ時の戸惑いの気持ち、大人になってからも度々頭の中に出てくるんです。

今日も、この詩が頭の中に浮かんできました。

私は、自分の感受性と向き合ってこれからも歳を重ねていきます。

では、どうぞ読んでください。

みなさんは、どう感じますか?

自分の感受性くらい

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

自分で機嫌をコントロールできない彼女を、みんなは何となく変な気遣いをしていました。

そして、彼女はこの職場を去っていきました。

職員のひとりとケンカをしたからです。

その後、会社は奇跡の職場となりました。

機嫌が悪いのは誰のせいでもないのです。ただ、機嫌をコントロールできない自分が未熟なせいなのだから。

私は、機嫌よく過ごす。いい表情で過ごす。誰のためでもない、自分のためなのです。

*(『茨木のり子詩集』「自分の感受性くらい」より引用)

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